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市役所の仕事は、意外にきつい!上司からパワハラも。

  • 投稿日 : 2018-11-04
  • 投稿者 : ゆみりんさん(50代女性)

総合評価

  • 3.00
  • 充実感

  • 待遇度

  • 自由度

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この仕事を選んだ理由やキッカケ

私は、大学を卒業した時、ある信託銀行に就職が決まっていました。
しかし、職場が家からとても遠かった為、私は、毎日、通う自信がありませんでした。
「何か良い仕事はないか」そう思っているとき、両親の強い勧めもあり、地方公務員の試験を受けることにしました。
私は、1年浪人して、公務員試験の勉強をしました。
地方公務員一般行政職の採用試験なのですが、市役所の職員は、地方公務員といっても、各市町村で、独自に、採用試験を実施していました。
ですので、一般的な地方公務員行政職の試験よりは、簡単だったと思います。
一次試験は筆記と論文、二次試験は面接がありました。地方公務員の試験に、向けた勉強をしていれば、解ける内容でした。

面接時に思った事や感じたことを教えてください

面接については、一次試験に合格した人のみに、ハガキで、通知があることになっていました。
「一次試験にパスしたら、面接で言うほど、失礼なことを言ったりしない限り、落とされることはない」という噂がありました。
緊張しながら、面接に臨んだのですが、何かとても、和やかな雰囲気と言うか、くだけた雰囲気でした。
「大学では、何を勉強したのですか?」と面接で尋ねられて、私は、「文学部なので、語学を勉強しました」と言いました。
「第一外国語は何だったのですか?」と尋ねられ、「ドイツ語でした」と答えると、「ドイツ語ですか」と言って、面接官同士で何か話し、談笑しておられたのを今もはっきりと覚えています。
私は、その時、面接官の方が何を談笑をしているのかわからないかったけれど、「私の答えが何かまずかったのかな」と思ったのが、強く印象に残っています。

口コミ・体験談

公務員といっても、今は厳しいのだと思います。「公務員になったら、一生安泰」などと言われたのは、昔のこと。 
今は、少し休んだり、病気で診断書を出して、休養していたとしても、それが長期に渡れば、否応なく、リストラの対象となるのが現実のようです。
私は、仕事を始めてから、残業続きの毎日を送ったこともあります。
上司や同僚から、いじめのような言葉を言われたり、嫌な思いをしたことも、数知れず、あるのです。
そんないろんなことが重なり、社会に出て働くということは、本当に厳しいということを痛感される毎日でした。
友達とアフターファイブに、ご飯を食べに行き、上司や同僚には直接言えないことを愚痴として話したり、室内プールに、泳ぎに行って、体を動かして、ストレスを発散したり、いろんなことをしていました。
しかし、結局、仕事のストレスで、私は、病気がちになってしまいました。
そして、診断書を提出して、5ヶ月、仕事を休んだのです。
そしたら、ある時、上司である課長から、家に電話がかかってきました。
「ちょっと、職場に顔を出してもらえないか」と言われたのです。
私は、今まで、仕事を休んだ時、何度も、上司と、話し合いを重ねてきましたので、その時も、「単なる病状報告と、話し合いなのかな」と軽く考えていました。
しかし、私が職場に行くと、今まで見たこともない部屋へ案内されたのです。
そこは、部長室でした。
私は、そこで、普段会ったことのない面識のない上司と、対面したのです。
私が席に座ると、部長は、私に、「君は、過去にも、病気で仕事を休んだことがあるね。その証拠をこちらは調べさせてもらう」と、いきなり挑発的な言葉を言われたのです。
私は、唖然としてしまって、「すみません。お休みして、ご迷惑をかけています」と言うしかありませんでした。
次に、上司に呼ばれたとき、部長は「これが証拠だ」と言って、私が過去に、仕事を何日休んだか、通算して、計算した紙を私に見せたのです。
私は、その時、「すみません。でも今、自宅で療養しながら、医師に言われた運動療法を実践しています。少しずつ、回復していますので、良くなったら、また仕事に復帰させて頂きたいと思っています」と、復職をする意思があることを伝えました。
それでも、部長の言葉は厳しく、「今、うちは財政が厳しいんですよ。休んでいる人に、払う給料はないんですよ。だから、一刻の猶予もなく、今、すぐに、仕事を辞めるか、もしくは、仕事に復帰するかのどちらかを選択してください」と、言ったのです。
さらに、私にとって、ショックだった出来事は、まだありました。
その後、職場から電話があり、「あなたが行っている病院の先生に、お話を伺いたいので、病院に行ってもいいか?」と尋ねられたのです。
私は、戸惑いましたが、別に、嘘の診断書を出しているわけではなく、後ろめたいところがないので、「いいですよ」と返事をしました。
そして、私は、また職場に呼び出されました。
部長は「先生に会ってきました。そして、財政が厳しいことを打ち明け、先生に、それをわかってもらいました。先生の話によると、君は、もうほとんど良くなってるということでした。だから、来月からでも、すぐに仕事に復帰してください」と言いました。
私は、その時まだ、症状がはっきり良くなっておらず、復職する自信がありませんでした。
それで、「もう少し待ってください」と話しました。
すると、「もう一刻の猶予もないんですよ」と冷たく言われたのです。
私は、1週間、よくよく自分の将来について、考えた挙句、「もう診断書を出して休むこともできないような職場に、行く自信がない」と思い、退職を決意しました。
退職してから、病院の先生にそのことを報告した時、先生は、「もう、診断書は、書けないんですよ」と私に言いました。
その時、私は、職場の人が先生に、もうこれ以上、診断書を書かないように、圧力をかけたんだなとわかり、ショックを受けました。
卑怯なやり方だと、当時は、腹も立ちました。

やりがいを感じたところ

やりがいというのは特に、あまり感じたことはないんですが、やっぱり、市民の方、お客さんに「ありがとうございます」と、 感謝された時に、「この仕事やっていて、良かったな」と思います。
私は、保健所で、原爆被爆者の健康診断の受付や、原爆被爆者手帳の交付、などの仕事をやっていたことがあります。
その頃に、お客さんだったお年寄りの方と、休みの日に偶然町で、会ったことがあるのです。
その時、私は、全然、そのお客さんを覚えてなかったのですが、「あなた保健所の職員の方ですよね」と声をかけられました。
そして、「この間、健康診断に行った時には、大変お世話になりありがとうございました。被爆者手帳交付の申請書の書き方なんかを丁寧に教えてもらって、助かりました」 とお礼を言われたことがあります。
その時に、 この仕事やっていて良かったなと思いました。

こうだったらもっと良かった!と思うところ

市役所の職員という仕事をやっていて良かったなと思うのは、給料や待遇面に、虚偽がないところです。
一般の企業だと、採用の時の待遇と、実際に採用されてからの待遇が違っているなんていう話をよく聞きます。しかし、私の仕事では、待遇面において、偽りがありませんでした。
私が働いていた頃は、まだ年功序列制度がありました。個々人の能力に関係なく、一定の年数、ずっと勤めていれば、自動的に、お給料が少しずつですが、アップしていくシステムになっていて、それが魅力的だと思いました。
また、旅行や、テニス大会、ソフトボール大会、文化祭など、福利厚生も充実しており、職員同士が交流し、楽しめるイベントが数多くあったのが、よかったです。
改善してほしいなと思ったのは、私は、少し足が不自由でしたので、掃除や、お湯のみ洗いなど、他の人がこなしている雑用が、出来づらいというハンディがありました。
それでもやはり、上司からは、できることはやるようにと、指示されていました。
掃除などは、当番制で、ペアを組み、職員の人は、必ずやらなければならない仕組みになっていて、私ができないと、ペアのもう一方の人に、結局、迷惑をかけてしまうことになり、それが、他の職員の人に、申し訳なかったです。
体に障害があって、掃除などの雑用ができない場合は、免除してもらえるなど、もう少し配慮があったらよかったな。改善してほしいなと思います。

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